遺棄毒ガス訴訟の経過

 突如平穏な日常を奪われた被害者たちは、遺棄した毒ガスを放置してきた国に対して、訴訟を起こし、賠償を求めてきました。


 1996年に松花江と牡丹江市光華街での被害者が(第1次訴訟)、1997年には、黒竜江師範専科大学、拝泉県龍泉鎮、チチハル市興隆街での被害者が提訴し(第2次訴訟)、さらに、2007年にはチチハル事故の被害者たち、2008年には敦化(トンカ)事故の被害者たちが提訴しました。
 第1次訴訟の地裁判決は勝訴し、国に賠償義務が命じられました。しかし、その控訴審判決や、他の訴訟は、因果関係なし(第1次訴訟控訴審)、結果回避可能性なし(第2次訴訟)、具体的予見可能性なし(チチハル訴訟)、作為義務なし(敦化訴訟地裁判決)などで、敗訴しました。

  もっとも、判決の大部分では、毒ガスが旧日本軍により遺棄されたものであることが、証拠により認定されています。また、第1次訴訟の控訴審判決でも、国による救済の必要性について付言を行いました。

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